お休みの期間中、
「サントーシャ(足るを知る)」について、少し考えることがありました。
この言葉は、いろいろな捉え方があって、解釈は本当に人それぞれ。なので、今の自分の段階でふと感じていることを、今日は少し書いてみたいと思います。

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どんなに立派に見える人であっても、その人自身の努力や能力だけではなく、
環境に恵まれていたり、
誰かからの援助があったり、
ちょうどいいタイミングでチャンスが巡ってきたり。
そういうものが重なって、今があるのだと思います。
実際、何かを成し遂げた人たちが、
「自分はたまたま運がよかった」
「周りの人のおかげです」
と話しているのを聞くことがあります。
その言葉はきっと本当なのだろうし、
そうやって感謝を言葉にできることも、とても素敵なことだと思う。
それなのに、私はなんとなくモヤモヤするときがあります。
それはきっと、もし私もだし多くの人もきっとその立場にいたら、同じように言うのだろうと思うから。
でも同時に、そうなれていないのは、
自分に能力がなかっただけなのかもしれない。
もっと努力できたのかもしれない。
そんなふうにも思ってしまいます。
でも、人生はきっと、
少しドライに言えば、自分の努力だけでできているものでもない。
自分では選べなかった環境もある。
どうしようもなかったこともある。
自分の力では動かせないタイミングもある。
だから、不公平だと思っても、
それはそれでいいのだと思う。
ただ、そこにずっと心を置いていても、
自分の毎日は進んでいかない。
それならば。
今、自分の手の中にあるものを見る。
当たり前だと思っているけれど、
実はありがたいこと。
すでに持っているもの。
支えてくれている人。
今日、無事に過ごせたこと。
そういうものをちゃんと見つけて、
ありがたいと思いながら、
今の自分にできることを淡々とやっていく。
今あるものを大切にしながら、
できることを少しずつ。
それが、今の私にとっての
「足るを知る」という解釈です。
思い通りにいくことばかりではありませんが、
それでも「まあ、いいか」と機嫌よく。笑
今日も淡々と。
そして、ヨガも同じなのだと思います。

体が硬くても、思うように動かせなくても、
今、元気に動かせる身体があることを知る。
焦らず、比べず、自分のペースで続けていく。
そうやって積み重ねたものは、
誰かとの比較や、たまたま巡ってきた運とは違って、
自分自身の中に確かに残っていくもの。
すぐに結果が出なくても、
続けた時間そのものが、自分の財産になる。
そして、それはきっと、
自分で積み重ねたからこそ得られる、
一番強いものなのだと思います。
そんなことを、改めて感じたお休みでした。🌿
