サントーシャ(足るを知る)について

お休みの期間中、
「サントーシャ(足るを知る)」について、少し考えることがありました。
この言葉は、いろいろな捉え方があって、解釈は本当に人それぞれ。なので、今の自分の段階でふと感じていることを、今日は少し書いてみたいと思います。

☆☆
どんなに立派に見える人であっても、その人自身の努力や能力だけではなく、

環境に恵まれていたり、
誰かからの援助があったり、
ちょうどいいタイミングでチャンスが巡ってきたり。

そういうものが重なって、今があるのだと思います。

実際、何かを成し遂げた人たちが、

「自分はたまたま運がよかった」
「周りの人のおかげです」

と話しているのを聞くことがあります。

その言葉はきっと本当なのだろうし、
そうやって感謝を言葉にできることも、とても素敵なことだと思う。

それなのに、私はなんとなくモヤモヤするときがあります。

それはきっと、もし私もだし多くの人もきっとその立場にいたら、同じように言うのだろうと思うから。

でも同時に、そうなれていないのは、
自分に能力がなかっただけなのかもしれない。
もっと努力できたのかもしれない。

そんなふうにも思ってしまいます。

でも、人生はきっと、
少しドライに言えば、自分の努力だけでできているものでもない。

自分では選べなかった環境もある。
どうしようもなかったこともある。
自分の力では動かせないタイミングもある。

だから、不公平だと思っても、
それはそれでいいのだと思う。

ただ、そこにずっと心を置いていても、
自分の毎日は進んでいかない。

それならば。

今、自分の手の中にあるものを見る。

当たり前だと思っているけれど、
実はありがたいこと。

すでに持っているもの。
支えてくれている人。
今日、無事に過ごせたこと。

そういうものをちゃんと見つけて、
ありがたいと思いながら、
今の自分にできることを淡々とやっていく。

今あるものを大切にしながら、
できることを少しずつ。

それが、今の私にとっての
「足るを知る」という解釈です。

思い通りにいくことばかりではありませんが、
それでも「まあ、いいか」と機嫌よく。笑

今日も淡々と。

そして、ヨガも同じなのだと思います。

体が硬くても、思うように動かせなくても、
今、元気に動かせる身体があることを知る。

焦らず、比べず、自分のペースで続けていく。

そうやって積み重ねたものは、
誰かとの比較や、たまたま巡ってきた運とは違って、
自分自身の中に確かに残っていくもの。

すぐに結果が出なくても、
続けた時間そのものが、自分の財産になる。

そして、それはきっと、
自分で積み重ねたからこそ得られる、
一番強いものなのだと思います。

そんなことを、改めて感じたお休みでした。🌿